創業者の宮井はもともと切削加工分野(汎用旋盤)から始まっていますが、自身の工作経験と今後の想定から切削よりも切断の方が必要なのでは?と考えておりました
実はMIYAiでは個人の時期にCO2レーザー加工機を所有している時期がございました。
それも、ネットオークションで出品されていた完全ジャンクのヤード屋外保管の年代物です。
当時、自作のCNCプラズマ切断機が稼働していたものの、やはり小径穴加工や微細な加工が難しく
レーザー加工機というのは群を抜いて憧れの機械でした。

ヤードでの屋外雨ざらしの状態で捨てられていた、鉄くず同然の機械でしたが当時のMIYAiにとっては大きな買い物でした。
パレット交換装置付きで、自身で搬入して据え付けしセットアップまで見よう見まねで行いました。

搬入当時の様子
吊上げ荷下ろし、搬入設置まで自分たちで行いました。
取説なし、初めてのCO2レーザー加工機、ネットにもほぼ情報なしの三重苦の中、なんとか火入れ式までこぎつけることが出来、四角に丸穴のテストワークを切断することが出来たものの
屋外保管でしたから、至る所雨や風化で悪影響が出ておりアラームの嵐でした。
アラーム発報しては調べて原因を探し対処する、のもぐらたたきを繰り返していくうちにCO2レーザー加工機の原理がわかっていくのでした。
ようやく、大方のアラームが解決して切断していくぞ!という時のことでした
いまでもバカだったと笑えるのですが、機械の電源を入れたまま、あろうことか発振器高周波回路部のエアブロー掃除を行ってしまい
発振器電源部が故障、修理を試みたものの息を吹き返すことはありませんでした。
そこからはもう吹っ切れてしまい、機械の分解をしてスクラップ処分することになりました。

分解当初の様子
上部から分解していきます。
分解していく過程で機械の構造、仕組みをより理解することが出来ました。
壊れてしまったから仕方がないので遠慮なく進めていきます。
ガントリー部が外れたところ
全体的に摩耗が激しく、外したリニアガイドはすでに寿命を迎えているような感じでした。
分解するのは楽しいもので、2~3日もしないうちに原型はなくなり、部品だけになってしまいました。

このような形で、念願かなって手に入れた人生最初のレーザー加工機は数日もしないうちにお亡くなりになってしまい
鉄くずとなってしまうのでした。
次へつづく
